月曜日, 12月 03, 2012

スキルセットとメンタルセット

私は人にある仕事を任せられるかどうか、適任かどうかを判断する際、
スキルセットとメンタルセットで考えるようにしている。

スキルセットはこれまで本人が身につけてきた技術、知識の集合であり、
経験分野、得意分野を表している。当然これまでの経験を活かせた
方が力を発揮することだろう。

メンタルセットは本人の性格を特徴づけるもののセットであり、温厚、短気
直感、熟慮、論理的、感情的などを割り当てる。さらには本人の興味・関心
も配慮することで担当する仕事に積極的に取り組めるようにする。

次に各職務に応じて必要と思われるスキルセット、メンタルセットを考え
一番近いと思う人を採用・配置することで、本人が気持ちよく働け、
より力を発揮できるようにする。


この話にさらにチーム編成論も加わえ、年齢差、性格、立場など
を踏まえてより良いハーモニーを奏でられるように留意する必要がある。


相手の特徴を知り、欠点を補い、長所をいかに発揮させるか、それが重要である。

水曜日, 8月 15, 2012

ソラニン鑑賞

映画「ソラニン」をレンタル鑑賞。


宮崎あおい出演の映画を観るのは初めてだったのだけど、彼女の演技力にまず驚いた。


自分は邦画は殆ど観ることがないというかむしろ避けていて、
その理由はストーリー展開や役者達の演技に違和感を感じて
観ていられなくなることが多いからなのだが、
彼女のセリフや表情には少しも不自然さを感じることがなかった。
相対的に彼氏役の高良健吾君のまずさが目立ってしまっていたのだが、
それくらい彼女の演技の自然さが際立っていた。


しかしながらストーリーはやや不満で、展開の必然性に疑問符が付くシーンが多く、
そうしなくてももっといい作品にできたんじゃないかと思ってしまった。
まあマンガが原作だから大きく筋を変えるわけにはいかないんだけど。


この映画の収穫は宮崎あおいがただただ可愛かったこととサンボマスターの
近藤さんの演技が良かったこと、そしてアジカンの曲がハマっていたこと。


宮崎あおい出演の他の作品も借りてみる事にしよう。

月曜日, 7月 16, 2012

分析よりも実行を

私は「なぜ日本では何々が作れなかったか」という問いが嫌いだ。

新聞やネットの記事を見ていると「なぜ日本では何々が作れなかったか」系の記事を見かけることがある。この手の記事を見ると自然とむかむかしてくるのでなぜそう思うのかを考えてみることにする。


  1. 世界中で誰か一人しか実現していないことに対して必ず当てはまるのでそもそも問いに意味が無い。
  2. 日本にしか無いものもたくさんあるのに日本人が最初の場合には同じ問いを立てない。またはガラパゴスと呼ぶ。
  3. 記事を書いた人は"作れなかった人々"の一部どころかその最たる存在に見えるのにまるで外にいる発言のように読める。
  4. 新しい物を生み出すタイプの人物はそもそもこのような考え方をしない。よって記事に影響を受けない。

他にもあるような気がするが、とりあえず思いつくところはこんなところかな。
要は自己批判好きな日本人らしいマイナスの発想であり、したり顔でその手の原因分析してるような連中には一生何かを生み出す事なんて無いということだ。


楽しいものは何かを考え、思いついたら始めればいい。
その始めやすさ、成功しやすさに国ごとの差があるかもしれないが、
どちらにしても成功者は一握りだし、結果を外部要因のせいにするべきではない。


金曜日, 7月 06, 2012

状況を打破するか、迂回するか

最近、友人との議論で同じ展開を見せたことが2度あった。

ある問題Aに対し友人は
「Aという問題があるからBという行動を取ろう」
と主張し、私は
「Aという問題があることが問題だからAを解決しよう(AをCにしよう)」
と主張する。

どちらも状況を改善し、より良い方向に向かうための策なのだが、
進み方が違うのだ。

どちらかというと障害物をどけないのだから迂回案の方が進みやすい。
しかし障害とはならないが障害物は以前として残り続け、回り道を続けていることになる。

逆に障害物を打破するにはそれを取り壊す必要がある。
労力はかかるが成功すれば得られるものも大きい。

この話の答えは障害物の大きさによって異なる。
結局取り除けない障害であれば取り除く作業は無駄になってしまうし、
取り除けたにも関わらず迂回を選択していたのであれば最善の結果は得られないのだから。

よって

まず障害物の大きさを論じ、取り除き方について議論する。
次に議論の結果を少し試してみて難しそうであれば別な案を検討する。

が回答となると思う。

日曜日, 6月 17, 2012

ソーシャルの次

FacebookやTiwtterに代表されるソーシャルサイトが広がりを見せている。

現在これらは単に個人的な繋がりや、興味のある人同士の情報交換に止まっているけれど、いずれは人と人の相互保障に近いものが主流になっていくと思われる。AさんがBさんを信頼(保障)することにより、Aさんを信頼している人はBさんを信頼する、みたいな。近いサイトにビジネス向けのLinkdinがある。

要はその人物の発する情報や人物そのものの信頼性が人によって担保されているのだ。

信頼の種類には能力から人間性までいろいろあるため、信頼の度合いをどうやってシステム化するのかという話はあるが、いずれにせよこの方向にいくと考えている。

んで、次の流れ。

去年の震災に端を発する福島原発問題をめぐって情報が錯綜し過ぎて結局のところ何が真実なのかが分からない、という現象が起きている。

Twitterでフォローしている人でも異なる結論を多く見受けるが、
内容をよくよく調べてみると論点がずれていたりする。

そんな玉石混交な知の集合をテーマごとにまとめて徹底的に論点をチェックして
妥当な結論を導き出すという、『知の統合=統合知』が求められてくると思う訳である。

で、それだとただの集合知じゃねーか、という話になってしまうのだが、
従来の集合知が情報を寄せ集めて、それをまとめて見せるのに対し、
『統合知』では政治、経済政策、哲学など結論の出しにくい壮大なテーマが対象になる。

1.あるテーマに対して議論する。
2.テーマの論点を上げる
3.論点に対して持論を述べる
4.各自の論を皆で検証し、肯定、否定を表明する。
5.否定するものは反論を行う。
6.反論内容をを検証する。
7.反論に対し議論する。
8.3-7を繰り返し、各論点の結論を得る
9.テーマの結論を得る。

これを掲示板でもWikipediaの編集合戦でもない形でシステム化した物が
次の勝者になるのだ。

好循環・悪循環

ここ最近で数人の新人君の面倒を見る機会があったのだけど、良い方に向かう人と悪い方に向かう人で2極化する傾向がでた。

良い方に向かう人は自ら課題感を持ち学習し、成長する。教える側は基本的には何も言わずに課題を与えたら後は本人に任せ、必要な場合にだけアドバイスすればよいのでお互いに良い関係を保てる。つまりは好循環となる。

逆に悪い方向へ向かう人は自分の置かれた状況が理解できておらず、仕事に取り組む意欲が低いか、現時点での能力が足りないため、成果が出ない。教える側は成果が出ないままでは困るので注意して彼らの尻を叩くことになる。本人はうまく行かない上に怒られる回数が増えるのでストレスも多く上司への不満も増え次第に楽しくなくなる。つまりは悪循環となる。


 悪循環に陥る人のポイントは「端から見ると自ら転げ落ちていっているように見える」、ということだ。仕事に取り組む姿勢が悪い上に些細なところでミスをして失点をする。その失点を補う努力をするのかというとそういうことでもなく、さらに失点を重ねる。どうせ怒られるんだからそういうことをしなければ良いのに、と思ってしまうのだがなぜか繰り返す。


 このまま行くとどうなるのか本人は分かっているのだろうか。別にクビにしようと思っているわけでもないのに勝手に失点を重ねられるとなんだかなぁという気分になる。

企業教育とは教え育むことではなく、ハードルを設定して選抜することのみでよいというのがある種の真理なのだろうと思うのであった。

日曜日, 5月 06, 2012

GWに見た映画


とりあえず最近連続で観たのでタイトルだけでも記録しておこう。

--- GWの少し前だったかも ---
マージン・コール
ゴースト・ライター
コンテイジョン

--- GW中 ---
ウディ・アレンの夢と犯罪
プラダを着た悪魔
レイヤー・ケーキ
シンプル・プラン
ランド・オブ・ザ・デッド
未知との遭遇
アポロ13
攻殻機動隊
The Ice Harvest
エターナル・サンシャイン

大絶賛というほど衝撃的なものもなかったけど
大ハズレも無く、大体どれも楽しめた。

人に勧めるなら

『ゴースト・ライター』
『レイヤー・ケーキ』
『シンプル・プラン』
『プラダを着た悪魔』
『アイス・ハーベスト』

かな

『アイス・ハーベスト』はコメディ仕立てのスリラーで密かにおすすめ。

サイモン・ベイカーのシリアスな演技もアリだけど、彼は笑顔で
お茶目なことをしている方が合ってるね。